相続法改正後の遺留分制度について弁護士が解説

改正相続法が施行されてから2年程経過し,相続に関するトラブルにも改正相続法が適用されるものが増えてきています。そこで改めて現在の相続法についてまとめたいと思います。

今回は,遺留分制度(民法1042条~1049条。以下条項のみで表します。)の概要についてまとめてみました。

 

そもそも遺留分とは?

 

遺留分制度は,簡単にいってしまえば,相続財産のうち,一定の割合を一定の相続人に保障する制度です。つまり,一定の割合については,被相続人による財産処分が制限されることになるのです。このように被相続人による財産処分に制限がかかっている利益部分を遺留分といいます。

相続財産は,もともと被相続人の財産だったわけですから,被相続人が遺言などによりどのように処分しても構わないのではないかという考えもあり得ますが,その一方で,被相続人の遺産形成に貢献した相続人が全く報われなかったり,相続人の生活が保障されなかったりしたのでは,不公平ではないかとも考えられます。そこでバランスを取る形で,遺留分制度というものがあります。

 

以前の遺留分制度とどこが変わった?

 

実は,改正後の遺留分制度は,改正前の遺留分制度と根本的な仕組みが変わりました。

以前の遺留分制度では,被相続人が遺留分を侵害する贈与や遺贈などをした場合,遺留分を侵害された相続人は,当該財産を取得した者に対して,かかる贈与や遺贈などは遺留分を侵害していると主張することができ(遺留分減殺請求),遺留分減殺請求がなされると,遺留分を侵害している部分の権利は当然に遺留分権者に帰属するとされていました。これにより,遺留分権者は,その部分を自分に返還しろと請求することができました(財産を取得した者は価額による弁償も可能でしたが。)。なので,贈与や遺贈などを受けた者が価額による弁償をすることができなければ,その財産を遺留分権者に引き渡すことになります。たとえば,ある土地について贈与や遺贈などがなされ,その全部が遺留分権者の遺留分を侵害していた場合は,その土地を引き渡すことになりますし,一部が遺留分を侵害していた場合は,遺留分権者との共有になってしまいます。ただ,この結論は,どちらの当事者も望んでいない場合がありますし,共有を解消する際に新たな紛争となりかねません。また,対象財産が事業用財産だと円滑な事業の承継が困難になることもあります。

現行の遺留分制度では,上記のような仕組みを根本から変更し,遺留分侵害があった場合,遺留分権者は,侵害額に相当する金銭請求をすることができるという制度になりました。贈与や遺贈による権利変動自体はそのままで,「あとはお金で解決」ということです。個別の場面では,お金で解決では納得できないという場合もあると思われますが,以前の制度による様々な問題点を解消するために採用されました。

 

以下では,現行の遺留分制度を簡単にまとめていきます。

 

誰が遺留分を受けることができる?

 

遺留分を受けることのできる相続人は,「兄弟姉妹以外の相続人」とされています(1042条1項本文)。残念ながら,兄弟姉妹には遺留分はありません。これは以前から変更ありません。

 

遺留分の割合は?

 

遺留分となる価額の総体は,

直系尊属のみが相続人である場合は,「遺留分を算定するための財産の価額」の3分の1

それ以外の場合は,「遺留分を算定するための財産の価額」の2分の1

です(1042条1項各号)。相続人が複数の場合は,上記を法定相続分で分けることになります(同条2項)。

各自の遺留分は,上記によって算出します。

 

「遺留分を算定するための財産の価額」とは?

 

遺留分となる金額を算定するためには,まずはその基礎となる全体の価額が必要となります。基本となるのは,相続開始時に存在した財産の価額ですが,これに一定の価額を足したり引いたりして「遺留分を算定するための財産の価額」を定めます。

〇加算するもの

①相続開始前1年間に相続人以外の者に対してなされた贈与の価額

②相続開始前10年間に相続人に対してなされた贈与で特別受益にあたるものの価額

③当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知ってなされた贈与の価額(期間制限なし)

〇控除するもの

債務の全額

なお,ここでいう「贈与」とは,すべての無償処分を指すと解されています。したがって,無償の債務免除や無償の担保供与も該当することになります。また,有償の処分であっても,それが不相当な対価でなされたものの場合は,当事者双方が遺留分権者に損害を加えることを知ってしたときに限り,その対価を控除した価額が遺留分を算定するための財産の価額に加えられることになります。

 

「遺留分を算定するための財産の価額」はいつを基準にする?

 

財産の価額は変動します。上述のとおり,算定の基礎に加えられる贈与は,場合によっては何十年も前のこともあります。そうすると,贈与時と相続開始時とで貨幣価値が変動していることもあり得ます。それでは,「遺留分を算定するための財産の価額」はいつを基準として算定するのでしょうか。

これについては,基準時は,相続開始時とされています。

 

遺留分侵害額はどうやって算定する?

 

自己の遺留分がどれくらい侵害されているのか,言い換えれば支払いを請求することのできる金額はいくらなのかについては,1046条2項に規定されています。簡単に表すと,以下のとおりとなります。

(自己の遺留分額)-(自己が得る(得た)財産の価額)+(自己が負担する債務の価額)

(自己が得る(得た)財産の価額)には,遺贈を受けた価額や特別受益の価額,遺言や特別受益などを踏まえて取得すべきことになる遺産の価額が含まれます。

 

自己の遺留分はどうやって主張する?

 

改正により,遺留分減殺請求という用語はなくなり,遺留分侵害額請求という名称になりました。

遺留分侵害額請求権は,形成権と解されており,相手方(後述)に対して遺留分侵害額請求権を行使する意思表示をすれば,金銭債権が発生することになります。遺留分侵害額請求権の行使は,具体的な金額まで示す必要はないとされています。

遺留分侵害請求権の行使自体は意思表示で足りるので,口頭でも可能といえば可能ですが,後述のとおり,遺留分侵害額請求権の行使には時間制限がありますので,いつ行使したのかを証拠として残すためにも,配達証明付内容証明郵便で行った方がよいでしょう。

 

遺留分侵害額請求権は誰に対して行使する?

 

遺留分侵害額請求権の相手方となるのは,受遺者や受贈者です。ここにいう「受遺者」には,遺贈を受けた者のみならず,遺産分割方法の指定として遺産に属する特定の財産を共同相続人の一人又は数人に承継させる旨の遺言により財産を承継した者や相続分の指定を受けた相続人も含みます(1046条1項)。

そして,受遺者や受贈者が複数いる場合の取り扱いについては,受遺者と受贈者では受遺者から先に,複数の贈与がある場合は新しい贈与の受贈者から先に,遺留分侵害額を負担することになります。つまり,遺留分侵害額は,まずは受遺者が負担することになり,それで不足する場合は,新しい贈与の受贈者から負担していくことになります。

また,受遺者が複数いる場合はその目的の価額に応じて負担し,贈与が同時になされた場合もその目的の価額に応じて負担することになります。

 

遺留分侵害額請求権はいつまでに行使しなければならない?

 

遺留分侵害額請求権の行使には期限があり,相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から1年以内に行使しなければなりません。ここにいう「相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時」とは,相続の開始や遺留分を侵害する贈与や遺贈があったことだけでなく,贈与や遺贈が遺留分を侵害することを知ることも必要と解されています。

また,原則として,相続開始から10年経つと行使することができなくなります。

 

このように,遺留分侵害額請求権の行使には1年という短い時間制限がありますが,前述のとおり,その行使には具体的な金額を示す必要はないので,自己の遺留分が侵害されていることを知ったら速やかに遺留分侵害額請求権を行使しておく必要があります。

もっとも,遺留分侵害額請求権を行使すれば,その結果発生する金銭債権は通常の金銭債権同様に取り扱われますので,民法改正後の現在であれば,5年で消滅時効にかかります。すなわち,遺留分侵害額請求権を1年以内に行使しておけば,時間的猶予ができることになります。

 

遺留分侵害額請求を受けたら,裁判所による期限の許与も可能

 

遺留分侵害額請求を受けた場合,遺留分侵害額に相当する金銭債務を負担することになります。しかし,かなり昔に贈与を受けていたり,土地などの現物の贈与や遺贈を受けていたりしたときなど,突然そんな請求を受けても,支払原資をすぐに用意できない場合もあり得ます。そのような場合,受遺者や受贈者は,裁判所に対し,債務の全部又は一部の支払いについて相当の期限を許与するよう請求することができます(1047条5項)。債務の元本が減るわけではありませんが,不動産を売却したりして支払原資を調達する時間的猶予が得られることになります。この制度のメリットとしては,遅延損害金が増えていくことや,判決の確定によりすぐに強制執行されることを防止するといった点にあるでしょう。

 

受遺者や受贈者が無資力の場合は?

 

上記のとおり,裁判所による期限の許与はあくまでも債務の支払猶予が与えられるというだけであり,猶予があれば支払原資を調達することができるということを前提としています。

しかし,現実には,多額の債務を負ったとしても,支払うことができない受遺者や受贈者もいるでしょう。

遺留分権者には残念なことですが,「受遺者又は受贈者の無資力によって生じた損失は,遺留分権利者の負担に帰する。」とされています(1047条4項)。遺留分侵害額請求権は金銭債権を発生させる制度として作られているので,通常の金銭債権と同様の取り扱いとなってしまうのです。

 

おわりに

 

以上,新しい遺留分制度について,簡単に概要をまとめてみました。

そもそも遺留分制度は一般の方々にとってあまり馴染みのないものかもしれません。しかし,相続において,「何で自分だけもらえるものがこんなに少ないんだ?」と感じることがあったら,ひょっとしたらあなたの遺留分が侵害されているかもしれません。

価額の計算など細かなことは分からなくても,おかしいのでは?と思ったら,弁護士などの専門家に相談してみてはいかがでしょうか。