残業代の計算方法-月平均所定労働時間についてのやや細かな話

残業代の基本的な計算方法については、別のコラムで触れていますが、今回は、月平均所定労働時間について、少し掘り下げてみたいと思います。

なお、本稿は、通常の月給制(月の労働日数が固定されているような完全な月給制ではないもの)を前提として話を進めていきます。

 

1 月ごとに計算するのではない!

まず、月給制の残業代を計算する前提としての算定基礎時給を求めるための計算式は、

(算定基礎賃金)÷(月平均所定労働時間)

となります。

これは、きちんと法定されていて、労働基準法施行規則19条1項4号に規定されています。

なお、月によって労働日が20日だったり21日だったり22日だったりしても月給が変わらないような通常の月給制の場合は、同号のかっこ書が当てはまることになります。つまり、条文に従って上記の計算式をきちんと書くのであれば、

(月によって定められた賃金額)÷(一年間における一月平均所定労働時間数)

ということになります。

同号の本文のほうは、

(月によって定められた賃金額)÷(月における所定労働時間数)

と定めているので、これだけを見てしまうと、月ごとに所定労働時間数を計算して、月給を割ることで算定基礎時給を算出してしまうというミスをしてしまうことになってしまいます。同号本文は、月の所定労働時間がどの月も同一の場合(2月でも3月でも1日8時間・月20日労働というようなこと)を意味していて、月の所定労働時間が毎月一定なので「月における所定労働時間数」とだけ規定しています。

現在では、インターネットで検索すれば、いろいろなサイトで残業代の計算方法を解説していますので、上記のような勘違いをすることも少なくなっていると思いますが、自分で残業代をある程度計算してみたというご相談者でも、時折勘違いをしていることがあります(といっても、計算結果が大きくズレるということではないので、いくらくらいかを把握するには問題ないといえます)。

 

2 月平均所定労働時間の基本的な計算の仕方

月平均所定労働時間の計算の仕方は、別のコラムでも触れていますが、基本的には、

(一年間の労働日数)×(一日の所定労働時間)÷12

で計算できます。

 

⑴ 年間というのはいつからいつまで?

ここでいう「年間」については、法で特に定められていないので、いくつかの選択肢があるといえます。

一般的には、1月1日~12月31日の暦年でカウントするというのが多いように思えます。

ただ、会社によっては、年間カレンダーのように、4月1日~3月31日で計画していたり、決算期を基準にしていたりすることもあり、それを採用した方が労働日(裏を返せば休日)の日数を把握しやすいという場合もあります。そのような場合は、それを採用してしまって差し支えないでしょう。

 

⑵ 一年間の労働日数はどうやって数える?

一年間の労働日数を数える際は、一般的には、一年間の休日を数えて365日又は366日から引いた方が簡単でしょう。というのも、労働契約の際には、労働条件として休日に関する事項を明示しなければならない関係もあり、労働契約書ないし就業規則で休日が定められているからです。シフト制などの場合は、シフト表から数えるということになるでしょう。

 

⑶ 一日の所定労働時間が定まっていない場合は?

通常の会社であれば、一日の所定労働時間は定まっていますので、それに従って月平均所定労働時間を計算すれば足りるのですが、ごく稀に、契約書を取り交わしておらず、しかも恒常的に一日10時間勤務しているという場合など、所定労働時間が不明な会社が存在します。そのことの違法性はひとまず横に置くとして、月給制の残業代を計算するうえでは、どうしても所定労働時間が必要となります。

ここで、労働基準法32条2項では、一日につき8時間を超えて労働させてはならないと規定されています。このことから、一日8時間を超えて働いている場合は、その部分は残業ということができます。そこで、所定労働時間がよく分からないという場合は、8時間であるとして計算することになります。

このことは、所定労働時間が8時間より短い場合と比較して、労働者側にとっては、算定基礎時給が少なくなることに繋がり、残業時間も減ることになるため、不利な計算方法といえます。

ただ、8時間よりも短い所定労働時間であるということが立証できない以上は、致し方ないといえるでしょう。

反対に、(現在ではほぼ見かけませんが)所定労働時間を8時間を超えて定めている会社のような場合であっても、8時間を超える所定労働時間の定めは無効となりますので、残業代を計算するうえでの所定労働時間は8時間で計算していくことになります。

 

⑷ 月平均所定労働時間173.8時間

労働基準法32条1項では、休憩時間を除き、1週間に40時間を超えて労働させてはならないと定められています。

しかし、会社ないし職場によっては、週に1日しか休日がなく、一日の中でも8時間を超えて働くことが恒常化しているようなことがあります。ひどいときには、休日ですら不定期だったりします。このように、労働基準法が全く守られていないような場合、月平均所定労働時間をどのように考えればいいのでしょうか。

ここで、よく用いられるのが、上記の「週40時間」というルールから導き出す方法です。

形式的に考えれば、一年は365日なので(平年)、一年間では、365日÷7=52.142…週あることになります。そうすると、労働基準法上の上限は、週40時間ですので、年間では、52.142…×40時間=2085.714…時間が総労働時間の上限ということになります。これを12か月で割ると、2085.714…÷12=173.80時間となります。このようにして、173.8時間が労働基準法上の月平均所定労働時間の上限ということになります(ちなみに、閏年では174.28時間)。

一般的には、就業規則や勤務実態等から月平均所定労働時間を算出することができないような場合には、173.8時間として算定基礎時給を計算することが多いと思われます。計算できるような場合でも、計算してみた結果173.8時間を超えるような場合には、173.8時間として計算していくことになります。

 

⑸ もう少し考えてみると…

ただ、173.8時間が本当に労働基準法上の上限といえるのかについては、実はケースバイケースともいえます。

労度基準法で定められている「週40時間」は、一日8時間、月~金が仕事で土日は休み、という典型的な働き方が思い浮かべられると思います。ただ、実際には、祝日や年末年始が休日だったりする会社がほとんどだと思いますので、このような会社では、月平均所定労働時間は173.8時間よりも少なくなります。

ここで、休日は土日だけでそれ以外は祝日でも年末年始でも関係ない、という仮想的なケースを考えてみたいと思います。

このようなケースでは、週40時間労働がずっと続くことになりますので、労働基準法には違反していませんし、先ほどの計算からすると、月平均所定労働時間は173.8時間になりそうです。

しかし、よく考えてみると、先ほどの計算は、曜日(休日の現れ方)という概念を無視しているといえます。

そこで、具体的な暦年で検証してみましょう。

たとえば、2023年は、1月1日が日曜日で、12月31日も日曜日です。2022年は、1月1日が土曜日で、12月31日も土曜日です。

よくよく考えてみると、一年は365日、つまり52週と一日なので、1月1日と12月31日は同じ曜日になります(平年の場合)。つまり、1月1日の曜日は、他の曜日よりも1日多いということです。

このことからすると、1月1日が月曜日~金曜日の年は、土曜日が52日、日曜日も52日で、年間の休日は104日となり、つまり労働日は365-104=261日となります。よって、その年の月平均所定労働時間は、

261日×8時間÷12=174時間

となります。

1月1日が土曜日や日曜日の年は、土日のどちらかが1日増えるので、年間の休日は105日となり、労働日は365-105=260日となります。ですので、月平均所定労働時間は、

260日×8時間÷12=173.33時間

となります。

つまり、実は、今回のようなケースでは、月平均所定労働時間が174時間の年(1月1日が月~金)と、173.33時間の年(1月1日が土・日)があり、これを平均すると、173.8時間になるということです。173.8時間を超えていても労働基準法に違反しないことがある、というのは、ちょっと意外かもしれませんね。

4年に1度閏年があるものの、長い目で見れば、1月1日の曜日の現れ方は一応均等といえますので(本当は、4年に1度必ず閏年とは限らないようですので、厳密には均等ではないともいえますが)、1月1日の曜日の属性(休日の現れ方)はひとまず無視して、一般には173.8時間という数字が用いられることが多いといえます。

 

173.8時間というのは、先に述べたとおり、月平均所定労度時間が計算できないような、杜撰な社内体制の会社において、やむなく使用される数字であり、労働者側にとっては、決して有利な数字ではありません。そのような会社が、労働者から残業代を請求された際、「その年の月平均所定労働時間は174時間のはずだ」などと反論をするのは、正当な反論といえるのか甚だ疑問といえるでしょう。

 

今回は、少し細かかったと思いますが、ちょっと気になるという話を掘り下げてみました。