年俸制でも残業代は請求できる?高額な給与をもらっていても残業代請求を諦めないために

会社から高額な給与をもらっている方の中には,自分は高給取りだから残業代はもらえなくて当然なのでは?と漠然と認識している方もいるのではないでしょうか。高額な給与により金銭的に満足感が得られていると,仕事のやりがい・充実度の方に関心が行ってしまうということがあるのかもしれません。

しかし,給与額が高額だからというだけでは,会社が残業代の支払を免れる理由にはなりません。また,そんな細かな話,とお考えの方もいるかもしれません。しかし,給与額が高額ということは残業代の算定基礎賃金も高額になり,長時間働いている方であれば,請求額が何百万円あるいは一千万円を超える場合もあるので,安易に細かな話と見過ごすこともできないのではないでしょうか。

今回は,高額な給与をもらっている方の残業代請求について説明したいと思います。

 

年俸制だから?

まず,なんとなく,年俸制だから残業代は請求できないのでは?とお考えの方もいるのではないでしょうか。

しかし,単に年俸制だからというのでは,残業代が支払われない理由とはなりません。給与所得者は,年俸制であっても個人事業主とは異なりますので,当然に労働基準法の適用を受けます。そして,労働基準法は,残業代の支払について,月給制か年俸制かで特段取り扱いを区別していません。

 

年俸に残業代が含まれているから?

また同様に,年俸制だから残業代は年俸に含まれているとお考えの方もいるかもしれません。

実際,給与を年俸制と定め,残業代は年俸に含むとしている会社も存在します。

しかし,その場合,判例によると,通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要とされています。その理由は,労働基準法で義務付けられた残業代が支払われているといえるか検証することができる必要があるからです。したがって,基本給部分と残業代手当部分とが区分けされておらず,しかも基本給の中に何時間分の残業代が含まれているのか明らかでないような定めになっている場合は,残業代を請求できる可能性があります。

この点に関し,年俸制などで高額な給与を得ている労働者には,労働時間ではなく業務の成果が重視されるような業務に従事しており,残業代を支払わなくても十分それに見合った給与を得ている労働者もいて,このような労働者にまで残業代を支払うのは不適当なのではないかという問題意識があるのも確かです。そして,外資系証券会社に勤める極めて高額な給与を得ていた労働者の残業代請求について,給与の中に残業代が含まれるとしても労働者の保護に欠けることはなく労働基準法の趣旨に反しないとした裁判例もあります(東京地裁平成17年10月19日判決)。

しかし,医師の残業代請求につき,最高裁判所は,高額な給与を得ていることや,医師であることについて特段問題とせず,通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要という原則論を維持しました(最高裁平成29年7月7日判決)。つまり,一般的な水準からすると高額な給与を得ていることについて,それ自体を残業代請求の障害と考える必要はないといえるでしょう。

まずはご自身の契約書・労働条件通知書や就業規則・賃金規程等を確認してみるのが良いでしょう。

 

日本法が適用されないから?

外資系企業に勤めている方によっては,自分は日本で働いているけど,日本法が適用されないのではないかという不安を感じる方がいるかもしれません。

確かに,労働契約について,どこの国の法律により判断するかという準拠法は,原則として当事者の合意により定めることができます。そして,外資系企業の場合,ひょっとしたら雇用契約書等で準拠法が当該外資系企業の本国の法と規定されているかもしれません。しかし,その場合であっても,常態として日本で働いている労働者であれば,日本の強行規定の適用を主張すれば,その強行規定をも適用されることになります(法の適用に関する通則法第12条第1項)。そして,労働基準法の割増賃金の規定も強行規定ですので,これを主張することは可能です。もちろん,契約内容の解釈については別途問題となりえますが,裁判所で門前払いを受けるということはありません。

 

労働基準法上の制度で,高額な給与を得ている労働者の残業代請求に関係しそうなものとして,管理監督者,裁量労働制やいわゆる高度プロフェッショナル制度などがあります。

 

管理監督者だから?

高額な給与を得ている方の中には,自分は管理監督者だから残業代は請求できないと考えている方もいるのではないでしょうか。

確かに,管理監督者に当たれば,労働基準法の労働時間,休憩及び休日に関する規定は適用されないことになり,残業代を請求できるのは深夜労働の分だけということになってしまいます。

しかし,仮に社内の規定で管理監督者と定められていても,裁判所において労働基準法上の管理監督者には当たらないと判断されれば,やはり残業代を支払わなくてはならないことになります。そして,裁判例では,管理監督者というには,

・事業主の経営に関する決定に参画し,労務管理に関する指揮監督権限を認められていること

・自己の出退勤をはじめとする労働時間について裁量権を有していること

・一般の従業員に比しその地位と権限にふさわしい賃金上の処遇を与えられていること

が必要とされています。社内で管理監督者とされている方でも,中間管理職のようなポジションに過ぎず上司の指揮監督に服して業務をしている方もいるのではないでしょうか。管理監督者に当たるかについて,裁判所では,幅はあるものの,慎重に判断される傾向がありますので,社内で管理監督者とされているからといって,安易に残業代請求を諦める必要はありません。

 

裁量労働制だから?

裁量労働制には,専門業務型と企画業務型がありますが,いずれも対象となる労働者について一定時間労働したものとみなす制度です。実労働時間の多寡によらず一定時間とみなすので,残業代請求には大きな影響があります。

高額な給与を得ている方の中には,会社から,あなたは裁量労働制だからといわれている方がいるかもしれません。

しかし,裁量労働制は,対象業務が限定されているため,対象業務に従事している労働者でなければ適用できません。また,みなし時間や,使用者が労働者に対して具体的な指示をしないことなど一定の事項を労使協定により定めること等の要件を満たさなければなりません。要件を満たしていなければ,会社が裁量労働制と定めていても,裁判所において無効と判断される可能性もあります。

したがって,裁量労働制と定められているからといって,すぐに残業代請求を諦めてしまう必要はありません。

なお,裁量労働制は,労働時間をみなすにとどまるため,時間外・深夜・休日労働が生じた場合には割増賃金を支払う必要があります。

 

高度プロフェッショナル制度

高度プロフェッショナル制度は,働き方改革関連法の中で新しく取り入れられた制度です。この制度が適用される労働者には,労働基準法の労働時間,休憩,休日及び深夜の割増賃金に関する規定は適用されないこととなりますので,残業代請求をすることはできなくなります。

もっとも,この制度においても対象業務は限定されていますし,その他の要件も満たす必要があります。また,最終的には,適用される労働者の同意が必要ですので,労働者は,自分が同制度の適用を受ける労働者かについて認識しているはずです。

 

まとめ

以上みてきたとおり,高額の給与を得ている方であっても,残業代請求を当然のように諦める必要はありません。漠然と自分は残業代をもらえなくて当然と考えていても,実は残業代が支払われるべき労働者だったということは十分あり得ます。

高給をもらっている以上,在職中に残業代請求をするのは不安だと感じる方もいるでしょう。しかし,残業代の時効は,令和2年3月までに支払期日の到来するものは2年,それ以降のものは3年ですので,退職後に請求することも可能です。

 

もし,自分は残業代請求できるのだろうかと気になった場合は,弁護士に相談した方がよいでしょう。